大判例

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最高裁判所大法廷 昭和48年(オ)854号 判決

上告人

森西利亘

森西信雄

森西泰海

右三名訴訟代理人

田中義明

田中達也

右田中達也訴訟復代理人

仙谷由人

被上告人

森西敏

右訴訟代理人

大野忠雄

右訴訟復代理人

鎌田俊正

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人田中義明、同田中達也の上告理由について

一原審が適法に確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。

(1)  第一審判決添付の別紙目録(一)、(二)、(三)記載の各不動産は、もと訴外森西福雄の所有であつたが、昭和二八年一二月一五日同訴外人の死亡に伴う遺産相続によつて、同訴外人の妻である訴外森西コヨシが三分の一、その長男訴外亡森西芳雄(同訴外人は、昭和一九年に戦死した。)の子である上告人森西利亘が六分の一、その二男訴外亡森西正治(同訴外人は、昭和二一年七月一五日死亡した。)の子である訴外森西昭及び被上告人森西敏が各一二分の一、その三男である上告人森西信雄及びその四男である上告人森西泰海が各六分の一の割合をもつて、これを共同相続した。

(2)  ところが、上告人森西利亘は右目録(一)記載の不動産について、上告人森西信雄は右目録(二)記載の不動産について、上告人森西泰海は右目録(三)記載の不動産について、いずれも昭和二八年一二月一五日相続を原因として各単独名義の所有権移転登記を経由した。

(3)  右各不動産を各上告人の単独所有とし、かつ、単独名義の所有権移転登記を経由するにつき被上告人の同意を得たことについては、立証がない。

二以上の事実関係のもとにおいて、上告人らが、上告人らの右単独名義の所有権移転登記が被上告人の共有持分権の侵害にあたるとしても相続権に基づいて相続財産の回復を求める請求は共同相続人相互の間においても相続回復請求権の行使にほかならないものであるところ、被上告人の本件各不動産に対する相続回復請求権は被上告人が上告人らの所有権移転登記のされた事実を知つた時から五年を経過したことにより時効によつて消滅したと主張したのに対し、原審は、共同相続人が遺産分割の前提として相続財産について他の共同相続人に対し共有関係の回復を求める請求は、相続回復請求ではなく、通常の共有権に基づく妨害排除請求であると解するのが相当であるとして、上告人らの主張を排斥し、被上告人の請求を認容した。

三思うに、民法八八四条の相続回復請求の制度は、いわゆる表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に、真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより、真正相続人に相続権を回復させようとするものである。そして、同条が相続回復請求権について消滅時効を定めたのは、表見相続人の外見上相続により相続財産を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てからこの事実状態を覆滅して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させるという趣旨に出たものである。

1  そこで、まず、右法条が共同相続人相互間における相続権の帰属に関する争いの場合についても適用されるべきかどうかについて、検討する。

(一)  現行の民法八八四条は昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法のもとにおいて家督相続回復請求権の消滅時効を定めていた同法九六六条を遺産相続に準用した同法九九三条の規定を引き継いだものであると解されるところ、右九九三条は遺産相続人相互間における争いにも適用があるとの解釈のもとに運用されていたものと考えられ(大審院明治四四年(オ)第五六号同年七月一〇日判決・民録一七輯四六八頁、最高裁昭和三七年(オ)第一二五八号同三九年二月二七日第一小法廷判決・民集一八巻二号三八三頁の事案参照)、また、右法律改正の際に共同相続人相互間の争いについては民法八八四条の適用を除外する旨の規定が設けられなかつたという経緯があるばかりでなく、(二) 相続人が数人あるときは、各相続財産は相続開始の時からその共有に属する(民法八九六条、八九八条)ものとされ、かつ、その共有持分は各相続人の相続分に応ずる(民法八九九条)ものとされるから、共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分についての他の共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、他の共同相続人の相続権を侵害している場合は、右の本来の相続持分をこえる部分に関する限り、共同相続人でない者が相続人であると主張して共同相続人の相続財産を占有管理してこれを侵害している場合と理論上なんら異なるところがないと考えられる。さらに、(三) これを第三者との関係においてみるときは、当該部分の表見共同相続人と真正共同相続人との間のその部分についての相続権の帰属に関する争いを短期間のうちに収束する必要のあることは、共同相続人でない者と共同相続人との間に争いがある場合と比較して格別に径庭があるわけではない(たとえば、共同相続人相互間の争いの場合に民法八八四条の規定の適用がないものと解するときは、表見共同相続人からその侵害部分を譲り受けた第三者は相当の年月を経たのちにおいてもその部分の返還を余儀なくされ、また、相続債権者は共同相続人の範囲又はその相続分が相当の年月にわたり確定されない結果として債権の行使につき不都合を来すこと等が予想される。)。

以上の諸点にかんがみると、共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分いついて。当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき、民法八八四条の規定の適用をとくに否定すべき理由はないものと解するのが、相当である。

なるほど、民法九〇七条は、共同相続人は被相続人又は家庭裁判所が分割を禁じた場合を除くほか何時でもその協議で遺産の分割をすることができ、協議が調わないとき又は協議をすることができないときはその分割を家庭裁判所に請求することができる旨を定めている。しかしながら、(一) 右は、共同相続人の意思により民法の規定に従い各共同相続人の単独所有形態を形成確定することを原則として何時でも実施しうる旨を定めたものであるにとどまり、相続開始と同時に、かつ、遺産分割が実施されるまでの間は、可分債権(それは、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係には立たないものと解される。したがつて、この場合には、共同相続人のうちの一人又は数人が自己の債権となつた分以外の債権を行使することが侵害行為となることは、明白である。)を除くその他の各相続財産につき、各共同相続人がそれぞれその相続分に応じた持分を有することとなると同時に、その持分をこえる部分については権利を有しないものであり、共同相続人のうちの一人又は数人による持分をこえる部分の排他的占有管理がその侵害を構成するものであることを否定するものではないというべきである。(もつとも、遺産の分割前における共同相続人の各相続財産に対する権利関係が上述のように共有であるとする以上、共同相続人のうちの一人若しくは数人が相続財産の保存とみられる行為をし、又は他の共同相続人の明示若しくは黙示の委託に基づき、あるいは事務管理として、自己の持分をこえて相続財産を占有管理することが、ここにいう侵害にあたらないことはいうまでもない。)また、(二)遺産の分割が行われるまで遺産の共有状態が保持存続されることが望ましいとしても、遺産の分割前に共同相続人のうちの一人又は数人による相続財産の侵害の結果として相続財産の共有状態が崩壊し、これを分割することが不能となる場合のあることは、共同相続人のうちの一人又は数人が侵害した相続財産を時効により取得し又は侵害した相続動産を第三者に譲渡した結果第三者がこれを即時取得した場合において最も明らかなように、事実として否定することができないところである。民法九〇七条は、遺産の共有状態が崩壊したのちにおいてもその共有状態がなお存続するとの前提で遺産の分割をすべき旨をも定めていると解すべきではない。

2  次に、共同相続人がその相続持分をこえる部分を占有管理している場合に、その者が常にいわゆる表見相続人にあたるものであるかどうかについて、検討する。

思うに、自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し、又にその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人でみると称し、相続財産を占有管理することによりこれを侵害している者は、本来、相続回復請求制度が対象として考えている者にはあたらないものと解するのが、相続の回復を目的とする制度の本旨に照らし、相当というべきである。そもそも、相続財産に関して争いがある場合であつても、相続に何ら関係のない者が相続にかかわりなく相続財産に属する財産を占有管理してこれを侵害する場合にあつては、当該財産がたまたま相続財産に属するというにとどまり、その本質は一般の財産の侵害の場合と異なるところはなく、相続財産回復という特別の制度を認めるべき理由は全く存在せず、法律上、一般の侵害財産の回復として取り扱われるべきものであつて、このような侵害者は表見相続人というにあたらないものといわなければならない。このように考えると、当該財産について、自己に相続権がないことを知りながら、又はその相続権があると信ぜられるべき合理的事由があるわけではないにもかかわらず、自ら相続人と称してこれを侵害している者は、自己の侵害行為を正当行為であるかのように糊塗するための口実として名を相続にかりているもの又はこれと同視されるべきものであるにすぎず、実質において一般の物権侵害者ないし不法行為者であつて、いわば相続回復請求制度の埓外にある者にほかならず、その当然の帰結として相続回復請求権の消滅時効の援用を認められるべき者にはあたらないというべきである。

これを共同相続の場合についていえば、共同相続人のうちの一人若しくは数人が、他に共同相続人がいること、ひいて相続財産のうちその一人若しくは数人の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、又はその部分についてその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由(たとえば、戸籍上はその者が唯一の相続人であり、かつ、他人の戸籍に記載された共同相続人のいることが分明でないことなど)があるわけではないにもかかわらずその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、これを占有管理している場合は、もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合にはあたらず、したがつて、その一人又は数人は右のように相続権を侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し相続回復請求権の時効を援用してこれを拒むことができるものではないものといわなければならない。

3  このようにみてくると、共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき、民法八八四条の規定の適用をとくに否定すべき理由はないものと解するのが相当であるが、一般に各共同相続人は共同相続人の範囲を知つているのが通常であるから、共同相続人相互間における相続財産に関する争いが相続回復請求制度の対象となるのは、特殊な場合に限られることとなるものと考えられる。

四そこで、本件についてみると、前に判示した事実関係のもとにおいては、共同相続人の一部である上告人らは、相続財産に属する前記各不動産について、他に共同相続人として被上告人がいることを知りながらそれぞれ単独名義の相続による所有権移転登記をしたものであることが明らかであり、しかも、上告人らの本来の持分をこえる部分につき上告人らのみに相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があることは、何ら主張立証がされていない。

五そうすると、被上告人から上告人らに対し右各不動産についてされた上告人らの単独名義の相続登記の抹消を認める請求は民法八八四条所定の消滅時効にかからないと解したうえ、右請求は、右各登記について現に登記名義を有している各上告人の持分の割合を一二分の一一、被上告人の持分の割合を一二分の一とする更正登記を求める限度で理由があるとしてこれを認容した原審の判断は、結論において相当として是認することができる。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官高辻正己同服部高顯、同環昌一、同藤崎萬里の各補足意見、裁判官大塚喜一郎、同吉田豊同団藤重光、同栗本一夫、同本山亨、同戸田弘の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官高辻正己、同服部高顯の補足意見は、次のとおりである。

われわれは、多数意見とその見解を一にするものであるが、多数意見のうち「自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し、又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人であると称し、相続財産を占有管理することによりこれを侵害している者は、本来、相続回復請求制度が対象として考えている者にはあたらないもの」とする点については、従来一般に説かれているところと多少異なるところがあるかとも思われるので、その理由を補足するのが妥当であると考える。そこで、この点をわれわれの理解するところに従つて述べると、次のとおりである。

われわれは、相続回復請求制度の本旨、特にこの制度が一般の財産権の侵害の回復に関する制度とは別に設けられている法意に思いをいたすときは、相続回復請求制度は、相続財産の相続人であると称してこれを占有管理して侵害しており、しかもその者に相続権があると信ぜられるべき合理的事由の存在する結果としてあたかもその相続人であるかのような外観を呈している者と、当該相続財産の真正相続人との間に、当該相続財産についての相続権の帰属について争いがある場合に、その運用をみるべきものと解するのが相当であると考える。このような理解を前提として検討すると、

一相続財産につき自己に相続権がないことを知りながらあえてこれを占有管理して侵害している者は、当該相続財産についての相続権が自己以外の者、すなわち結局のところその真正相続人に属することを承認しているものにほかならないというべきであるから、たとえこのような侵害者が相続人であると自称している場合であつても、自己に相続権がないことを知つていることがひとたび明らかにされた以上は、もはや当該相続財産についての相続権の帰属について真に争いがあるとはいえないこととなる筋合いである。したがつて、このような侵害者は、相続回復請求制度の適用を主張しうる資格者とはいえないものと解するのを相当と考える。

二もつとも、右一に述べたような侵害者が、不正虚構の手段等を用いて当該相続財産につきその者に相続権があると信ぜられるべき外観を作り出し、又は不正虚構の手段等を用いて作り出された、その者に相続権があると信ぜられるべき外観を利用し、相続人であると称して当該相続財産を占有管理している場合については、更に検討を加える必要がある。けだし、そのような場合にあつては、侵害者本人の主観的意図及び当該外観の基本となる事実関係が不正虚構の手段等によつて作り出されたものであることはともかくとして、少なくとも対外的・対社会的には客観的な外観が存在しているからである。しかしながら、このような場合は、事が相続に関する点を除外して考えれば、一般の無権利者が不正虚構の手段等を用いて権利者であるかのような外観を作り出し又は不正虚構の手段を用いて作り出された外観を利用して行動する場合と格別に異なるところはない。問題は、このような場合について、外観の存在と静的安全のいずれを重視するのが妥当かにある。われわれは、法の理念とするところにかんがみ、かつ、一般の無権利者がいかに権利者であるかのような外観を呈していても、その外観が不正虚構の手段等によつて作り出されたものであるときは、静的安全が重視されるものとされている場合との権衡上、相続に伴う法律関係の早期安定の要請の存在にもかかわらず、自己に相続権のないことを知りながら相続財産を占有管理して侵害している者は、たとえ相続人らしい外観を呈している場合であつても、これを一般の財産権の悪意の侵害者の場合と別異に取り扱うべきではなく、したがつて、相続回復請求制度が対象として考えている者にはあたらないとすべきであると考えるのである。

三また、相続財産につきその者に相続権があると信ぜられるべき合理的事由があるわけではないもにかかわらず自らその相続人と称している者は、相続回復請求制度の運用に関し、実質上、相続人でないことを知りながら相続財産を侵害している者と同視して差しつかえがない場合が少なくないであろう。のみならず、一般に、そのような者は、自らは相続人であると信じ、かつ、相続人と自称している場合であつても、それは単にその者の主観ないし独断であるにとどまり、客観的には、そもそも「その者に相続権があると信ぜられるべき合理的事由」があるわけではないのであるから、このような合理的事由に基づく外観、換言すれば、対外的・対社会的に相続人らしい外観を呈している者とはいえないものである。したがつて、われわれは、このような者を相続回復請求制度が対象として考えている者からはずれる者とみることは法の趣意に反するものではないと考えるのである。

裁判官環昌一の補足意見は次のとおりである。

私は、多数意見と、その判示するすべての点において見解を同じくするものであるが、大塚裁判官ほか五裁判官の意見(以下少数意見という。)に関連して若干卑見をのべておきたい。

一少数意見は、その冒頭で、相続回復請求権の本質を、真正相続人が自己の相続人の地位(相続資格)を主張して表見相続人に対して侵害の排除を求める権利であるとし、民法八八四条の定める消滅時効の制度は、当事者又は第三者の権利義務の関係の混乱を防ぐため、相続権を真正相続人と表見相続人のいずれか一方に早期にかつ終局的に帰属させることによつて相続人の地位に関する争いを短期間のうちに収束することを目的としたものであるとの趣旨を説かれる。この見解に対しては、その限りにおいて、かつ、表見相続人の意義・範囲の点を除いては、私もあえて異論を唱えるものではないが、相続回復請求の制度に関する規定としては、例えばドイツ連邦共和国の民法が一四ケ条にわたり詳細に規定しているのとは異なり、わが国では右民法八八四条一ケ条が存するのみであるから、制度の本旨を理解し右規定を解釈・運用しようとすれば多くの疑点に直面せざるをえないのであり、その解明にあたつては法の一般理念に矛盾することなく合理的にして妥当な結果に到達することを旨としなければならないと考えられる。

ところで、昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法(以下旧法という。)のもとでは、家ないし戸主の制度が定められ、財産の相続とは直接関係のない戸主の地位に伴う権利(いわゆる家族に対する居所指定権、家族の婚姻等についての同意権など)の相続が重要な意義をもつていたが、この制度が廃止された今日では相続人としての「地位」の実質は、もつぱら被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するという財産権に関する資格にほかならないというべきであり、また、二人以上の相続人による共同相続の結果として生ずる相続財産の共有の法的性質は、その分割手続や分割の態様などの点を除いては持分主義に立つ一般の共有関係と異なるものとは解せられないから、前述の相続人の地位ないし相続資格の観点からすれば、共同相続人は、それぞれ自己の相続分に応じて有する正当な相続持分については右にいう地位を有するが、右の持分をこえる部分についてはこのような地位を有しないものといわなければならない。そして共同相続人相互間において相続権の帰属をめぐつて紛争を生ずるのは後者の場合であり、それもまた相続人の地位の争いとするに妨げないから、このような紛争にも相続回復請求の制度の働く余地があると解するのが相当である(この見地から以下にいう「表見相続人」にはそれが共同相続人の一人である場合もそうでない場合もともに含むものとする。)。

二すでにのべたように相続回復請求の制度は当事者及び第三者の権利義務の関係の混乱を防ぐため早期かつ終局的に相続権の帰属者を確定することをねらいとするものであり、表見相続人の勝訴が確定すると結果的には本来真正な相続人たる地位を有しない表見相続人に相続権が帰属するという効果を生ずることとなると解せられるから、前述した法の一般理念のうちでも関係者の間の利害の衡量が別して重要であると考えられるので、以下この観点を中心に検討する。少数意見も第三者の利益の保護の問題については利益衡量の必要なことに言及されるが、私の理解するところによると多数意見は、一方に真正相続人が相続権を回復して相続財産を取りもどすことのできる利益を、他方に表見相続人自身及び第三者の立場において事実状態が法秩序としてみとめられることにより享受する利益を置き、この両者についての比較衡量がされなければならないことを基底として、このような衡量の結果真正相続人の利益が必ずしも常に表見相続人や第三者のそれに優越するものとはいえないとの立場をとるものと考えられる。私は、家や戸主の制度ひいては真正な地位に在る者による家督相続を極めて重要視していた旧法のもとで、その九六六条が真正な家督相続人の地位さえも一定の安定した事実状態の前にはその席を譲らなければならない場合のあることを定めていた事実を想起するだけでも、右の多数意見の見解を納得することができると思う。たしかに戸主権の相続ということがなくなつた今日、旧法下の制度と同一の内容の規定を存置した現行制度のもとで真正相続人のこれによつて受ける実益が少ないことはみとめないわけにはいかないが、旧法のもとでも前記九六六条が財産権の共同相続であつた遺産相続に準用されていたことにかんがみ、また、現行制度においても回復請求権を行使する者としては、返還を求める財産の取得原因について、それが被相続人の占有に属したものであり自己が真正な相続資格を有することを主張立証すれば足りるという訴訟上の利益を享受するものと解されることなどに徴すると、実益が全くないとするのも相当でない。更にまた、同相続人にとつて、公平円満な遺産の分割が行なわれること、ひいてはこのような分割が行なわれるまで相続財産共有の状態が保持されることが利益であるとしても、このような利益は真正相続人の利益として前述のように改めて表見相続人及び第三者の利益との比較衡量に服すべきものであり、このような衡量を不必要とするほど優越する利益であるとはみられない。もし共同相続人の右利益を重視する立場から共同相続人相互間には民法八八四条の働く余地がないとすると、同じく表見的に相続権を主張する者でありながら、共同相続人の一人(それは被相続人と身分上の関係を有するから第三者からも真正な相続人とみられ易いといえよう。)の方が、このような身分関係にないのに同条の時効援用権をもつ無縁故者よりも不利益を受ける結果となるが、このような結果は、真正な相続権擁護の立場と矛盾するとまではいえないにしても少なくとも調和するものとはいい難いと思う。

三そこで右にのべた二つの利益の実質に基づいて少しく考察してみると、家や戸主の制度の廃止の事実からもみとめられるように本来相続制度をどのように定めるかは各時代における社会的確信に応じて異なることのあるべき立法政策に属する問題であるから、この見地からしても相続権擁護の要請を過大視し、その反面として第三者等の利益に常に優越するものとすることは妥当でないが、相続制度が長い歴史的事実を背景としており、今日においては財産の私有を保障する法制度の系譜のもとにあることを思えば、これを不当に軽視することの許されないこともまた論をまたない。結局具体的な場合において諸般の事情を考慮して判断するほかはないと考えられるが、多数意見はその判断の基準として、侵害者が、自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し、又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人と称している場合を相続回復請求制度の妥当する範囲外にあるとする。このことを上述の利益衡量の観点から考えてみると、自ら相続人と称し現に相続財産を占有管理している者であつても、それがもつともであると思わせるような社会的外観を具えているとみとめられない者は論外として、たとえこの外観を具えている者であつても、自己が真正な相続人でないことを知つているとみとめられる者は、結局名を相続に借り故意に虚偽の事実を主張して自己の非をおおわんとするものであるから、このような者の利益までを法的に擁護すべきものとすることは利益衡量上明らかに妥当でなく、また、右のような知情の事実が証拠上みとめられない場合であつても、自ら相続人であると称するについて合理性を欠く事情がみとめられるような者の利益は右と同様に解すべきものと考えられ、結局法はこのような侵害者を初めからその名宛人としていないものというべきである。もつともこのように解すると第三者の利益を害する(場合によつては不測の損害を与える)ことがありうるが、無権利者や無権限者と取引関係に立つ第三者の場合など社会的外観について第三者の信頼の保護に関連する他の諸規定の趣旨との間に格別調和を欠くような不合理な解釈であるとは思われない。

四なお、すでにのべたように相続回復請求の制度は真正相続人と表見相続人のいずれか一方に相続権を帰属させることによつて争いを早期に収束させることを期するものと解すべきであるから、回復請求権が時効によつて消滅したとされた後も、相続財産上の権利が依然として請求権者に属し、表見相続人は無権利者として事実上これを占有管理するにすぎないものと解することは、右にのべた制度本来の趣旨に沿うものとはいい難い。したがつて相続回復請求権が時効によつて消滅したことの反面として、表見相続人の事実上の占有管理が法的なそれとしてみとめられる結果となるものと解せられる。すなわち一つの事実状態の存在と一定の年月の経過の効果として、真正相続人の請求権(実質的には相続財産上の権利)が時効によつて消滅し、いわばこれと連動して表見相続人が相続権を取得したのと同じ結果となるのであつて、この消滅時効は一般の債権等の消滅時効のように相手方たる債務者に債務を免れさせるに止まるのとは趣を異にする。このように考えると右のような消滅時効を定めたことは、その実質・効果において表見相続人に相続権ないし相続財産上の権利の短期取得時効をみとめたのと、さしたる差異がないということができる。右の消滅時効が一般の原則に反して物権の時効による消滅をみとめた異例のものであることも相続回復請求の制度の上述のような特別の性格に即応するものとして理解することができるし、多数意見のとる解釈が消滅時効の規定の適用にあたつて援用権者の主観的事情を考慮するのと結果的には同じであつて時効に関する一般原則を無視するものと批判されることも考えられるが、前記のような民法八八四条に定める消滅時効の特別の効果に対応する合理的解釈として許されてよいものと考える。

裁判官藤崎萬里の補足意見は、次のとおりである

私は、多数意見の理由及び結論に同調し、また、環裁判官の補足意見四の部分にとくに賛同するものであるが、それに関連して若干の意見をのべておきたい。

多数意見が相続回復請求制度の対象とされる者を限定する結果として、民法八八四条所定の消滅時効の援用資格も限定されることとなるのであるが、右消滅時効の規定があるために相続回復請求制度がその時効を援用する者にとつてきわめて実益の多い制度であることにかんがみれば、援用者に存する事情(それが主観的事情であつても)によつてその援用資格を限定することに十分の理由があり、そして、援用者において自己が援用資格者であることを主張立証しない限りその者が右時効による保護を与えられないと解すれば、結果として、援用者の主観的事情によつて援用資格を限定することになるとしても、それほど不安定な限定基準を定めたことにはならないと考えるのである。

裁判官大塚喜一郎、同吉田豊、同団藤重光、同栗本一夫、同本山亨、同戸田弘の意見は、次のとおりである。

一相続回復請求権は、相続人でないのにかかわらず相続人であるように見られる地位に在る者(以下、「表見相続人」という。)が、自己の相続人としての地位を主張して真正相続人の地位(相続資格)を争い、その相続人の地位を侵害している場合において、真正相続人が自己の相続人の地位を主張して表見相続人に対して侵害の排除を求める権利である。民法八八四条が相続回復請求権について消滅時効の規定を設けたのは、表見相続人が外見上いつたん相続により相続人としての地位を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てから右事実状態を覆滅して真正相続人にその地位を回復させることによつて惹起される当事者又は第三者の権利義務関係の混乱を防ぐという要請に出たものであり、真正相続人と表見相続人のいずれか一方に早期にかつ終局的に相続人の地位を確定させて、両者の間の相続人の地位に関する争いを短期間のうちに収束することを目的としたものである。

そこで問題は、共同相続人相互間における持分権侵害の排除を求める請求に同条を適用することが相当かどうかである。多数意見は、これを積極に解したうえでその適用がある場合をなるべく限定しようとするのであるが、われわれは、はじめからその適用がないものと解するのである。

二思うに、相続回復請求の制度は、もともと昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法(旧法)の規定、さかのぼつてはボワソナード草案に基づく旧民法の規定に由来するものであつて、その制度の沿革・本質に徴すると、本来真正相続人が表見相続人から相続人の地位を回復することを目的とするものである。すなわち、旧民法証拠篇一五五条が「遺産請求ノ訴権」を「相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者」に対する権利として規定し、かつ、同規定について個々の相続財産の買主、特別受遺者その他特定権原に基づきその占有を取得した者は右訴権の対象とはならないとの解釈がおこなわれていたことに徴すれば、旧民法は相続回復請求権を相続人の地位を包括に回復することを目的とする権利として定めていたことが明らかである。家督相続回復請求権について定めた旧法九六六条は、右旧民法の規定の趣旨を引き継いだものであるから、真正家督相続人が表見家督相続人から家督相続人の地位を回復すべき場合について規定したものである。そして、遺産相続回復請求権について定めた旧法九九三条は、右九六六条を単に準用したものであるから、真正遺産相続人が表見遺産相続人(遺産相続人でないのにかかわらず遺産相続人であるように見られる地位に在る者)から遺産相続人の地位を回復すべき場合について規定したものであつて、遺産相続人相互間の関係について規定したものではないと解すべきである。けだし、遺産相続人はすべて真正な相続人の地位を有する者であり、遺産相続人相互間で相続権侵害が生じても、相続人の地位の回復ということは考えられないからである(旧法下の遺産相続回復請求権についての判例のうちに、多数意見の引用する遺産相続人相互間の相続権に関する争いの事案に関するものがある。右判例は、遺産相続人相互間の右争いに同法九九三条が適用されるかどうかについてなんら言及していないが、かりに右争いに同規定が適用されるとの判断を前提としてその事件の結論を導いたとすれば、右前提たる判断はこれを改めるべきものと考える。)。現行民法八八四条は旧法九九三条をそのまま引き継いだものであるから、真正共同相続人が表見共同相続人(相続人の地位を有しないのにかかわらず共同相続人であるように見られる地位に在る者)から相続人の地位を回復すべき場合について規定したものであつて、共同相続人相互間の関係について規定したものではないと解すべきであり、そう解するのが、相続人の包括的な地位の回復を目的とする相続回復請求権の制度の趣旨にそうゆえんである。

なるほど、相続人の地位の回復のため裁判で相続財産全体について抽象的・包括的に相続権の確定・帰属を求めてみても、個々の相続財産については裁判の効力が及ばず、かつ、現在では戸主の制度もないから、右のような包括的請求(地位の回復請求)をする実益がなく、訴訟上は相続財産を構成する個々の不動産、動産等について相続権の侵害排除、回復を求めるという方法によるほかないのであるが、この請求も相続人の地位の回復を目的としたものであることに変りはない。ところが、共同相続人はすべて真正な相続人の地位を有する者であるから、これらの者の間に相続人の地位の回復ということは考えられない。相続人の地位と相続権とは別個の観念であつて、共同相続人は自己の相続分をこえる部分については相続権を有しないだけであり、そのため相続人の地位がないものということはできない。したがつて、共同相続人の一人が他の共同相続人の相続持分権を侵害した場合でも、相続人の地位の回復ということが本来考えられないこれらの者の間においては、持分権の侵害排除、回復を求めるために相続回復請求権によることはできないのであつて、この請求に民法八八四条を適用することは、相続回復請求制度の沿革・本質にそぐわないものである。

三さらに、右のような相続権の侵害排除、回復を求める個別的請求は、相続回復請求という特別の請求であるといつてみても、その実質は、相続財産を構成する個々の不動産、動産等の所有権(共有持分権)その他に基づく妨害排除請求(物権的請求)であることを否定することはできない。したがつて、右のような請求に民法八八四条を適用するとすれば実質上、本来消滅時効にかかることのない物権的請求権を時効で消滅させる結果を招くこととなる。

また、かりに右のような侵害排除、回復を求める請求をとくに相続回復請求として取り扱う実益があるとすれば、それは相手方がその請求について同条所定の短期消滅時効を援用してこれを防ぐことができる点のみに存するのであり、侵害排除、回復を求める者にとつて実益は考えられない。

以上のように、相続権に対する侵害排除、回復を求める請求に同条を適用すると、本来消滅時効にかかることのない物権的請求権を実質的に時効で消滅させる結果となり、かつ、もつぱら請求の相手方にのみ利益をもたらす結果となることを考えれば、同条は、もともと、前記相続関係早期安定の要請にそのまま従つて弊害を生じない場合に限つて適用される規定というべきである。表見相続人が真正相続人の相続権を侵害した場合は、共同相続人相互間におけるような公平円満な遺産分割を考慮する必要はなく、相続財産を、真正相続人に帰属させるか、あるいは表見相続人のもとに形成された事実状態(相続の外観)を尊重して表見相続人に帰属させるかだけを決めれば足りるから、相続関係早期安定の要請をそのまま容れても他に弊害を生じないのであつて、ここに同条の存在意義を見出すことができるのである。ところが、共同相続人相互間においては、後記の共同相続制度の趣旨に従つてまず相続財産の公平円満な分配を実現しなければならないのであるから、右のような相続関係早期安定の要請をそのまま容れるべきでなく、同条を適用することは相当ではない。

四そもそも共同相続制度は、真正な相続人の地位を有するすべての相続人に何時でも相続分に応じた相続財産の分配をうける権利を保障するものであり、その権利を実現する手段として遺産分割の方法が設けられているのである。被相続人の死亡と同時に開始された相続財産の共有状態は遺産分割によつて解消し、個々の相続財産が各相続人に帰属することとなるのであるが、共同相続制度の趣旨に照らすと、遺産分割は、相続財産の帰属主体を早期に確定することよりも、相続財産を公平円満に分割することを目的とするものといいうるのである。また、相続財産の共有関係は、相続開始の時に数人の相続人が被相続人との間に一定の身分関係を有していたという理由で、法律上当然に生じるものであるが、民法は、遺産分割前は、ある相続人が被相続人とともに生活していたとか、被相続人の事業を承継したとか、あるいは相続財産を事実上独占支配していたとかいつた事実によつて、その相続人の法律により与えられた相続持分権が変動し、他の相続人の犠牲において右持分権が拡張することを認めていない。これらの事実は、遺産分割にあたつてはじめて考慮されるべきものであり(民法九〇六条参照)、それまでは、公平円満な遺産分割の目的を達成するために、それに必要な相続財産共有の状態が維持されなければならない。そのため、共同相続人の一人による相続財産に対する事実上の独占支配によつて他の共同相続人の持分権が侵害されたときは、他の共同相続人は、共有持分権侵害として物権的請求権たる妨害排除請求権を行使して、何時でもその侵害排除を求め、共有関係を回復することができるものとしなければならない。他の共同相続人の持分権を侵害して相続財産を占有支配する共同相続人に、民法八八四条を適用して結果的にその財産の取得を認め、相続財産共有の状態を早急に解消させることは、他の共同相続人の犠牲において専横な共同相続人を保護する結果を招きやすく、共同相続制度の趣旨に反するものである。共同相続制度のもとにおいて当然達成されなければならない公平円満な遺産分割という目的が、同じ相続に関する制度である民法八八四条所定の消滅時効によつて実現を妨げられることは、法の予定しないところであり、共同相続人相互間の争いには同規定は適用されないと解するのが相当である。このようにして相続財産共有の状態を維持することが、相続財産の公平円満な分割に資し、ひいて被相続人を同じくする共同相続人相互間における円満な関係を維持するのに有用であると考えられるのである。民法九〇七条が共同相続人は何時でも遺産分割を求めることができるものとしているのも、右のような趣旨に出るものというべきである。

五ところで、多数意見のいうように、共同相続人の一人による他の共同相続人の持分権に対する侵害が生じた場合に、その侵害排除を求める請求について民法八八四条を適用する余他があるとすれば、持分権を侵害された共同相続人は、将来の遺産分割に備えて、同条による時効を中断するために、かつ、その目的のためにのみ、持分権を侵害した共同相続人を相手方として、侵害排除を求める訴を提起する必要があり、この手続をとらない限り遺産分割に加われない危険を負わなければならない(もつとも、遺産分割の調停又は審判の申立によつても時効は中断すると解されるが、右の申立が却下されると、時効中断はその効力を失い、申立人がさらに既判力をともなう裁判によつて相続資格の有無等の確定を求めるため右のような訴を提起しなければならず、その時にはすでに時効が完成し、結局遺産分割に加われなくなるおそれがある。)。このようなことは、結局、公平円満な遺産分割を目的とする共同相続制度の趣旨にそわないものというべきである。

六もつとも、共同相続人の一人が相続財産につき単独所有者として自主占有を継続し、その財産の単独所有権を時効取得することにより、相続財産共有関係が解消することがありうることは認めなければならない(最高裁判所昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日第二小法廷判決・民集二六巻七号一三四八頁参照)。多数意見は、このことをもつて民法八八四条を共同相続人相互間の争いに適用して相続財産共有関係解消の結果を招くことを肯認する理由とするのである。しかし、もともと取得時効は法定の諸要件を充たすことによりはじめて成立するものであるから、取得時効による相続財産共有関係の解消は、単なる一定期間の権利不行使によつて成立する消滅時効によるそれとは、同一に論じることはできない。また、取得時効による相続財産共有関係の解消は、相続財産が通常の共有物の性質をもち、かつ、通常の共有物について共有者の一人が取得時効により単独所有権を取得することが認められることから生じる事態にすぎない。右の取得時効その他共有物一般に共通の原因によつて共有関係が解消し、その結果相続関係が早期に確定される場合があるからといつて、民法八八四条を共同相続人相互間の争いについて適用する根拠とすることはできないのである。

七また、多数意見は、自ら相続人でないことを知りながら相続人と称し、又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由がないのに自ら相続人と称して、真正相続人の相続権を侵害している者は、相続回復請求制度の適用が予定される者(多数意見のいわゆる表見相続人)にはあたらないとしたうえ、共同相続人相互間における相続持分権侵害についても右の理をあてはめて、共同相続人が、その本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属することを知りながらその部分も自己の持分に属すると称し、又はその部分についてもその者に相続による持分権があると信ぜられるべき合理的な事由がないのにその部分も自己の持分に属すると称して、他の共同相続人の持分権を侵害している場合は、相続回復請求制度の適用がなく、この場合の持分権の侵害排除、回復の請求に対し被請求者たる共同相続人が相続回復請求権の消滅時効を援用してこれを拒むことはできない、というのである。そして、多数意見は、共同相続人相互間では共同相続人の範囲を知つているのが通常であるから、右制度の適用をみるのは特殊な場合に限られると主張するのである。前記のように、相続回復請求の制度は、その消滅時効を援用する者にとつてのみ実益のあるものであり、多数意見が共同相続人相互間における争いに右制度の適用される場合をできる限り限定しようとするのも、ひつきよう、右消滅時効の援用資格を狭く解することによつて、民法八八四条が適用される場合に生じる弊害を避けようとするものであろう。

しかし、一般的な法理論からすれば、権利の侵害排除、回復の請求は、善意・無過失の侵害者又はその者に権利があると信ぜられるべき合理的な事由がある侵害者に対してもすることができるのであり、まして、悪意・有過失の侵害者又は右のような合理的な事由のない侵害者に対してはなおさらというべきである。しかるに、多数意見が相続回復請求の場合には相続権侵害につき悪意の者又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由のない者に対してその行使を否定するのは、多数意見のいう相続の回復を目的とする制度の本旨に照らしても、理論的根拠を欠くものといわなければならない。のみならず、一般に請求権の消滅時効については、被請求者は、その者が善意・無過失であるかどうか、故意・過失があるかどうかといつた主観的事情又はその者に権利があると信ぜられるべき合理的な事由があるかどうかといつた事情を問わず、請求者の一定期間の請求権不行使の事実状態を理由に消滅時効を援用することができるというのが、民法が規定する消滅時効に関する原理であつて、被請求者が多数意見のいう物権侵害者ないし不法行為者にあたる者であるとしても、時効の援用を妨げられることはないはずである。しかるに、多数意見の見解に従えば、相続回復請求権に関してのみ、被請求者に存する右のような事情によつて消滅時効の援用資格の有無を区別する結果になるのであつて、民法の消滅時効制度の原則をそこなうものといわなければならない。さらに、共同相続人が他に相続持分権を有する共同相続人がいることを知らずに相続財産を独占支配しているという場合は、かなりひろく考えられる。たとえば、共同相続人の一人が、ほかに、他人の戸籍に実子として届け出られた共同相続人、被相続人に認知された共同相続人、被相続人の死後親子関係が確定された共同相続人、相続開始時に胎児であつた共同相続人、被相続人の死後被相続人との協議離婚又は協議離縁が取り消された共同相続人、被相続人の死後廃除が取り消された共同相続人等のいることを知らずに相続財産を独占している場合、また、共同相続人の一人が、他の共同相続人の無効の相続放棄の申述、無効の持分権譲渡の意思表示等につきその無効原因のあることを知らずに相続財産を独占している場合などは、いずれも他に相続持分権を有する共同相続人のいることを知らなかつたものといいうるのであるから、多数意見のいうように共同相続人相互間における相続財産に関する争いが相続回復請求制度の対象となるのは特殊な場合に限られるものではない。そして、これらのうち、たとえば他人の戸籍に実子として届け出られた者などは、自己がまつたく関知しない事由によつて共同相続人であることが他の共同相続人に知られなかつた者であつて、このような者が民法八八四条所定の期間が経過したという理由で共同相続から排除されることは妥当を欠くものというべきである。

八さらに、多数意見は、共同相続人相互間の争いが第三者の取引の安全にかかわりをもつ場合を考慮し、第三者保護の見地からも、右の争いに民法八八四条が適用されるべきことを主張するのである。

しかし、右のような第三者保護の問題は、右の争いにおいて相続持分権を侵害された共同相続人の利益と第三者のそれと比較衡量して解決されるべきであり、共同相続制度の趣旨に徴するときは、第三者の利益を共同相続人のそれより優先させるのは相当でなく、したがつて、第三者保護をもつて民法八八四条を適用すべき理由としてはならない。しかも、第三者は取得時効、即時取得の制度によつて保護されることがあるのであるから、われわれの見解によつても、第三者の利益が全くそこなわれるわけではないのである。

のみならず、多数意見によると、結局、他の共同相続人の持分権を侵害した共同相続人が自己の持分をこえた部分について相続権を有しないことを知つているかどうか、又はその者に相続による持分権があると信ぜられるべき合理的な事由があるかどうかという共同相続人に存する事情によつて第三者が保護されるかどうかが決せられるのであり、したがつて、多数意見のいうところは、真の第三者保護にはならないのである。

九要するに、共同相続人相互間における相続持分権の侵害排除、回復を求める請求に民法八八四条は適用されないというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨はこれを排斥すべきものと考える。

(岡原昌男 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正己 吉田豊 団藤重光 本林讓 服部高顯 環昌一 栗本一夫 藤崎萬里 本山亨 戸田弘 天野武一 岸上康夫)

上告代理人田中義明、同田中達也の上告理由

原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

原判決は、「共同相続人が遺産分割の前提として相続財産について他の共同相続人に対し共有関係の回復を求める請求は、相続回復請求ではなく、通常の共有権に基づく妨害排除請求と解するのが相当である」として上告人の民法第八八四条所定五ケ年の消滅時効援用の主張を排斥した。

しかしながら、民法第八八四条の文言からして、相続財産について、相続人からする権利の回復全般に対して年限的制限を加えたものなること明らかであり、遺留分減殺請求権の短期消滅時効等の立法趣旨と同じく、一般物権変動に比して相続財産の権利帰属について特に早期安定をはかつたものと解せられるのであつて、権利回復の相手方については何らこれを特定の者に限る定めはない。その相手方は共同相続人の一人もしくは一部である場合もあろうし、相続人以外の第三者である場合もあり、相手方の如何によつて権利の上に眠る相続人の立揚に変りはなく、又権利関係の早期安定をはかる必要性の存在についても彼是区別する理由は毫も存在しない。

又、相続財産について有する相続人の権利は物権もしくは債権に外ならず、相続権というも物権、債権以外の別個独立の権利である訳はない。相続回復請求権はすなわち相続財産に対して有する物権(所有権)に基く請求権であり、共同相続人の場合は、共有権に基く共有関係回復の請求としてあらわれるものである。

然るに原判決は、相続回復請求の中には、共同相続人が他の共同相続人に対し共有関係の回復を求める請求は含まれないとの誤つた解釈、適用をなし、上告人の時効の抗弁を排斥したものであつて到底破棄を免れないと信ずる。

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